関門時間旅行

最近つくづく思うんですが、僕は「関門海峡」が好きなのです

最近つくづく思うんですが、僕は「関門海峡」が好きなのです

この夏から、合計10回の「関門海峡 激流観察ツアー」を実施させていただきました。
ご参加いただいた皆さま、誠にありがとうございました。2019年は一応10/27でおしまいなのですが、また何かしら企画したいと思っております。

関門海峡は、昔の人にとってスーパーハイウェイ!
下関や門司はサービスエリアのようなものだったのかも?

行政区として「関門」という街はありません。下関市と北九州市門司区です。それぞれの市民がいて、市役所があって、人間は基本的に地面に住んでいますので、どちらかの市民です。
「関門」の企画も結局はどっちかですることになるので、「それはアッチの話」「こっちの話」と気にされることがよくあるのですが、僕は何かテーマを見つけて調べ始めるとあっちもこっちも関係なく行き来します。

クルマが無かった昔は、海こそが日本の大動脈で、旅人も物流も、長距離移動に海が使えたからこそ日本はこれほど各地豊かになりました。そんな中でも瀬戸内海は安全な内海が都まで続くスーパーハイウェイ。外国へと出ていく(または帰ってくる)直前の関門地区は、いわば上り線と下り線のサービスエリアのようなものだったのではないでしょうか。

考えてみれば、関門にとっての歴史的ビッグコンテンツ=源平合戦、武蔵と小次郎、神功皇后伝説、高杉晋作と坂本龍馬、伊藤博文と杉山茂丸・・・など誰も彼もがどこかからやってきて、この海峡で何かして有名になった人たちばかりです。しかし、ここで生まれ育って生涯いた…なんて人はいないんですね〜(高杉晋作だけは若くして下関で没し、だからこそ下関の人の晋作愛はとても強い)
旅人にしてみれば、上りと下りのSAがたまたま県境で違う県だったとしても同じ「関門SA」って感じではないかと。

もしかして、あの人も、あの人も、
この海を眺めて同じことを想ったのではないか…

そんな彼らのことを想像すると、きっと皆この関門海峡が好きだったのではないかと思えてきます。

一日4度潮目の向きを変えて、ものすごい勢いで流れる細長い海。その海が京の都にも異国の大陸にも繋がっていることは、もちろんどの時代の人も意識したことでしょう。
どの時代もその時代なりの大小の船が盛んに行き来してきた関門海峡は、一日眺めていれば誰にだって「世界」を感じ、「月の神秘」を感じ、その人の時代なりに「先人の想い」を感じさせてくれる海だったはずです。

僕は何度もこの海をいろいろな角度で(これ比喩じゃなく、ホントにいろんな角度で眺める)、いろいろな場所から眺めてみて、「あぁ〜、きっとあの人も、あの人も、あの人も、この場所で同じことを感じたのではないかしら」と思うんですね。

巌流島 宮本武蔵 佐々木小次郎 の像
 武蔵と小次郎はどう感じていたのか・・・

それは何かといいますと、
「今は過去から未来へと延々と続く時間の中の一場面に過ぎないなぁ」
という感覚です。

いいことも、嫌なことも、調子いいやつも悪いやつも、みんなひとつに溶けて海になって、東へ西へと流れ続ける永遠。あの人も、あの人も、きっとみんなそう思いつつこの海を眺めたのではないかと思うと、僕はなんだか気持ちが清々するのです。

もちろん、人は地面で生きていますし、人が集れば義理や人情が絡み合い、土地の記憶ともつれ合い、抜き差しならないシガラミになっていくわけですが、関門海峡はそんな「どこにも行けなくなったココロ」を開放するのに、効果抜群の癒やしの海という気がいたします。あなたのココロにもおひとつ、関門海峡いかがでしょうか(何のセールスだ?笑)

ということで、下関ラブな人、門司港や門司がラブな人…どちらも良いのですが、僕はつくづく関門海峡が好きなんだなぁ〜と思うし、関門海峡が好きな人が好きなんだなぁ〜とも思ったりした次第です。

では明日、今期最後の激流観察ツアー、がんばります。

About The Author

関門プロデュース研究隊隊長富田 剛史
関門エリアの魅力に惹かれ、しかしそのA級コンテンツが地元以外にあまりに知られていないのを何とかしたいと「関門プロデュース研究隊」を旗揚げした。日々、一風変わった仲間が増殖中。あなたもいかがです?

メディアプロデューサー
メディア化 支援アドバイザー
トミタプロデュース 代表取締役

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