タイムマシーンのナビゲーションを
行くべき時代へとしっかりチューニングする。

関門の旅を存分に楽しむために理解しておきたい関門エリアの大きな特徴があります。それは「関門の歴史は非常に長い」ということ。

関門橋の真下にある門司港の和布刈(めかり)神社や、下関の城下町長府(ちょうふ)にある忌宮(いみのみや)神社などは神功(じんぐう)皇后ゆかりの神社で、創建はなんと西暦200年前後といわれます。(京都最古といわれる上賀茂神社で678年、奈良の春日大社でも768年創建ですよ〜)

黄昏時の門司の氏神様甲宗八幡神社

源平合戦が起きる1,000年近く前ですから、義経や知盛の時代にもこれらの神社は「大昔からある神社」に違いありません。
武蔵と小次郎の戦いは源平合戦からさらに400年以上たった後の出来事です。彼らからみれば、義経や知盛は神功皇后と同じように「大昔の人」でしょう。さらに250年あとの高杉晋作や伊藤博文からすれば、武蔵と小次郎もまた「大昔の人」。そして現代を生きる我々には、高杉晋作だって歴史上の人物の一人です。

何がいいたいかというと、関門の旅では行き先の時代やテーマを絞って回ってみることで、同じ場所でも何度も楽しめるということ。

例えば、宮本武蔵が生きた江戸初期の時代にぐっと想像力のタイムマシーンのチューニングを合わせれば、源平合戦や神功皇后は過去に、高杉晋作や現代の我々は未来になって、より時代のアウトラインがくっきりとしてきます。まさに「時間旅行」が楽しめるのです。

海峡の行き来こそが、時空を超える装置。

海峡を挟む2つの街には、世界中で似た特徴を持つ「海峡都市」の歴史と文化が見られます。
海峡都市は、時に争い時に交流しながら異なる文化が混じりあい、対抗感と親密感が、世界に通じる「海」によって分断される双子都市(詳しくは「世界の海峡都市」のコーナーをご参照ください)なのです。

そんな世界の海峡都市の中でも関門は典型といえるかもしれません。
北岸の街「下関」は平安時代の終わりの源平合戦で敗れた平家に今も想いを寄せ幕末に至るまで歴史を重ねる古(いにしえ)の街であり、南岸の「門司」は明治の後半から急に栄え大正期の栄光の時代の面影を今に留めるモダンな街です。今ではどちらも「レトロな街」と見られるわけですが、その価値観の意識差は様々な局面にあらわれています。

1キロも無い幅の「海」でへだてられた関門は、関門汽船に乗って渡ればその間わずかに5分。
しかし、こちらとあちらに流れる空気や時間とにはもっと大きな違いが感じられます。しかも、目の前を遠い世界から来た巨大な船が次々と横切っていきます。これがまた想像力を刺激するのですよね〜。

たった5分の船旅ですがタイムマシーンのように遥かなる時を超えるのではないかという錯覚・・・、この海峡の行き来こそが関門独特の「時を超える装置」ではないかと思います。これは乗ってみないと分かりません。

関門時間旅行を企画する関門プロデュース研究隊では、これからたくさんの「旅」を開発していきます。

このWEBサイトの情報が、あなたの素敵な「関門時間旅行」のお役に立てれば幸いです。
海峡都市で、会いましょう。

関門プロデュース研究隊 一同