関門プロデュース研究隊 隊長 富田剛史です。
突然ですが、僕は黒田征太郎という人物が大好きです。こんな人ほかに会ったことありませんし、私にとってはアーティストというより、人として最上級です。さほど付き合いが長くも深くもない私が紹介するのはまことに恐縮ですが、知らない人に少しでも伝わればと思い駄文を綴ってみることにしました。
黒田征太郎って誰?というあなたへ
黒田征太郎って何屋さん?という人もいるでしょう。
もっとも一般にいわれる肩書きは「イラストレーター」です。でも、とてもそれだけではいい尽くせない、80才を超えたクリエイティブの神のような人です。
簡単にネットで分かる仕事をご紹介すると…
1939 大阪生まれ /1961 早川良雄デザイン事務所に勤務 /1969 長友啓典氏とデザイン会社K2設立、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ受賞 /1974 映画『竜馬暗殺』にプロデューサーとして参加 /1983 大阪アメリカ村のシンボルとなる鳥人の壁画を制作 /1985 科学万博サントリー館壁画制作 /1987 ポーランド国立ポスター博物館ポスター展、日本グラフィック展「1987年間作家賞」受賞 /1991 「504 Hours in San Francisco」1年間ギャラリーとしてオープン /1992 北海道新千歳空港壁画制作、ニューヨークにアトリエを構える /1993 UNEP国際環境技術センター支援イベント /1995 「ジミ・ヘンドリックス没後25周年LIVE」にライブ・ペインティングで出演(シアトル)、阪神大震災被災地ポスターライブ /1994 『野坂昭如/戦争童話集』映像化プロジェクト開始 /1997 「8日間LIVE in KOBE」神戸・長田区被災地8日間ライブ・ペインティング /1998 パラリンピック開会ポスター制作 /1999 『野坂昭如/戦争童話集』映像化プロジェクト全12話完結 /2000 野坂昭如氏と共に『戦争童話集・沖縄篇』制作開始 /2001 『戦争童話集・沖縄篇~ウミガメと少年~』(講談社)出版 /2003 「黒田征太郎の絵話展」(下関市立美術館) /2004 『 戦争童話集~凧になったお母さん~』ピーボディー賞受賞、「365PIKADON展」(ストックホルム・広島旧日銀跡地下金庫室)同時開催 /2005 「PIKADON展」(第五福龍丸展示館)、NY・LONDON ・大阪・広島・長崎・京都・上海・ソウルLIVE /2007 BERLIN LIVE /2008 上海40日間制作+展示(JING ART) /2009 門司港に移住、 H.P.FRANCE roomsオープニングイベントにてポスターLIVE(表参道ヒルズ)、『ヒロシマ・ナガサキ議定書を読む絵本』出版 /2010 ノーベル平和賞受賞サミットポスターを広島市民と制作 /2011 3.11震災後、神戸・大阪・盛岡・南三陸町・小倉にてポスターLIVE(売上全額寄付)、宮城県・福島県内仮設住宅の壁画制作・瓦礫LIVE・絵話教室 /2012 『火の話』『水の話』『土の話』(石風社)出版、『怒る犬 MAD DOGS』(岩波書店)出版 /2013 「戦争童話集原画展」(北九州市立文学館) /2014 『火を熾す』映像化プロジェクト開始 /2015 『教えてください。野坂さん』(スイッチ・パブリッシング)出版、『小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話』(世界文化社)出版
たくさんあげましたが、これでもぜんぜん黒田征太郎さんの主な仕事を表せていません。
とにかくメチャクチャな活動量なのと、本人が好きにどこかに行ってその場で面白い作品をどんどん作り出してしまうので、事務所でも仕事の全貌がまったく把握できないんですね。・・・いえ本人にも。
事務所というのは、黒田征太郎さんの盟友 グラフィックデザイナーの長友啓典さんと二人で1969年に作ったK2で、その後長い間、日本のデザイン業界に多大な影響を与えてきたデザイン会社です。2017年3月、長友さんが77歳で急逝し、K2はその50年近い歴史についに幕を引きました。
日本のクリエイティブの金字塔「K2」
小さな店のマッチから、東京モーターショーのポスターまで、K2ほど幅の広い仕事をしたデザイン会社もないでしょう。
K2と長友さんの偉業を讃え、7月に銀座のギャラリーで特別企画展をやっていたので観に行きました。そこで観たポスターの数々の実に素晴らしかったこと! 黒田さんの自由自在な絵を素材に、長友さんが見事にポスターに料理している感じ。
最近ではコンピューターでデザインするデザイナーが多いですが、人間力で迫るK2のポスターの迫力を見ると、自分の仕事も反省せざるを得ないし若手にもぜひ見て欲しいと思いました。実際、その日もたくさん若い人が来ていて感激の声があちこち上がっていましたが。
K2は最初、黒田征太郎さんが社長でスタートしたそうです。しかし元来何かに縛られるのが一番苦手な征太郎さんは、5年すぎると社長を長友さんに代わってもらって、自身は自由にアーティスト活動をしながら、K2の仕事もこなすという形になっていきます。
長友さんとK2という稀有な仲間に支えられて東京との仕事も続けながら、黒田征太郎さんは新潟県の佐渡で初期の鼓童(世界で人気の和太鼓集団)と活動を共にしたり、様々なミュージシャンとライブペインティングで共演したりと、とても「イラストレーター」の枠にとどまらない活動をしていきます。
その後、ニューヨークを拠点に世界中を飛び回りながら仕事をしていく黒田征太郎さん。頼まれた絵を描くというより描くことを通じて自らの想いを強烈に発信していきます。
キノコ雲をひっくり返して花瓶にして花を生け「YES/NO」と描いた絵をメインモチーフにしたPIKADON PROJECTは、国内外の多くのアーティストを巻き込んで共感の輪を広げました。また、征太郎さんが尊敬した作家 野坂昭如さんの「戦争童話集」を映像化した『忘れてはイケナイ物語り』はまさにライフワークといえるでしょう。
本物のアーティスト、生粋のクリエイターってこんな人
黒田征太郎さんはとにかく多作です。めちゃくちゃに作品数があるし、一度描き上げた作品も上からどんどん描き足していきます。
これは画商泣かせですし、美術界の論理・ご都合にはまらないために、これだけの実績があるアーティストであるにも関わらず、いわゆる学芸員には評価の高い作家ではありません。
しかし、それは本人が意図してそういう位置に居続けているに違いありません。
「美術館」に「代表作」が収蔵された「大先生」という存在の不自由さが耐えられないのでしょう。
ご本人は「ただ絵を描くのが好きで、何か描いていないと耐えられない人間、まあ病気ですね」などという。
そして、僕は征太郎さんがそういうとき、ぜんぜん謙遜などとは思いません。
だって本当に始終何か描いているのですから。
ただ絵を描くのが好き。3才児並みの創作意欲の好々爺。
本物のアーティストとはこういう人なのだなと感激するのです。
でも、いわゆる「芸術家」のように他人のことは気にしませんという人ではぜんぜんありません。非常に他人に気を使い、その時自分がどんな絵を描けば目の前の人を少し幸せにできるか…ということを敏感に察知しながら、次々と作品生み出していきます。
その点では自分が好きなように描き、自分の内面を表現していくタイプのアーティストとはまったく違います。征太郎さんの絵は、誰かを喜ばせたいと思って描かれるからあんなにあったかいのでしょう。
学芸員がなんと評価しようと、画商がいくらと値をつけようと、まったくもって関係ありません。誰がなんといおうと、こんな素晴らしい生粋のクリエイターはなかなかいないと思います。征太郎さんと会えた時間は僕には貴重な宝物です。
黒田征太郎さんがこの街にいて、
幻のギャラリーが門司港にある軌跡・・・
来年になって後悔しても知りませんよ。
そんな世界の黒田征太郎が、なぜか今、門司港にアトリエを持って活動しているというのは、まさに奇跡といっていい出来事。実際、「黒田征太郎さんに会いたい」といって、第一線のクリエイターやタレントが何人も北九州に訪れています。
そんな中のひとりが、こちらもNYや香港など世界中で活躍するインテリアデザイナーの森田恭通(やすみち)さん。作品とは関係ないけど女優の大地真央の旦那さんでもあります。まぁそのくらい大物だってこと。
この世界の大物クリエイター二人がコラボした夢の作品群が門司港にあることをご存知でしたか?
重要文化財の門司港駅が長い改修工事に入った2014年に、何年も工事囲いのままでは殺風景だと征太郎さんはたくさんの絵を描きました。選んだモチーフはタコ。関門タコとして最近は食通のブランドになった海峡の早い流れに負けない太い足と吸盤を持った地ダコです。
惜しげもなく次々と描かれた黒田さんの愉快なタコの絵に、海峡風吹き晒す工事の仮囲いに展示するのにふさわしい額装と照明デザインを施したのが森田恭通さん。日没から22時までライトアップして、なんとも贅沢な作品を展示している期間限定ギャラリーが「門司港ドリームギャラリー」なんです。
このギャラリー、今年いっぱいで見納め。あと5ヶ月弱です。
何しろ工事の仮囲いですから、元々今年度いっぱいと決まっていたものが、どうも撤去は年明けの1月から始まるらしい。しかもその後の作品の活用は未定だとか・・・・。
本サイト「関門時間旅行」のギャラリーにも作品の写真を載せていますが、これを生で見れないなんて残念すぎませんか?
ということで、気になるあなたはぜひ今のうちに海峡都市へいらしてください。
【追記】2018年に入って間もなく、「門司港ドリームギャラリー」の工事仮囲いは撤去されました。現在では見ることができません。