先日、渋谷のシアターコクーンで「ムサシ」を観劇しました。
感想を単純に言うなら、非常に面白かった。どなたにでもオススメ!この名舞台を見逃しては残念です。

「ムサシ」は、井上ひさし×蜷川幸雄の「遺作」と言ってもいい作品。
2009年の初演以来、日本のみならず欧米やアジアでも喝采を浴びた「ムサシ」が、今回ようやく!小倉城の袂の北九州芸術劇場でも上演されます。「巌流島の決闘」は小倉城をめぐる争いですから、来るのが遅すぎですが、とにかくやっとムサシが小倉に戻って来るわけです(おかえりムサシ)。

そこで、ちょっとだけ本当の武蔵と小次郎のことも知っておけばもっと楽しめます。また、武蔵ファンや研究者の方々なら、「おぉー、結構深いところまで調べてるんじゃない…」とマニアな楽しみ方ができる部分が随所にあります。

ということで、若干【ネタバレ注意】ですが、主に北九州で観る人のため、または宮本武蔵ファンのための舞台「ムサシ」観劇ガイドをお届けします。もう観た〜という方もぜひ。気になる情報お伝えします。
最後に、「宮本武蔵をめぐる旅ガイドブック」特別クーポンもあります。よかったら、ご利用ください。

宮本武蔵のことをほぼ知らないあなたへ、最低限押さえておくといい情報

さてこの舞台、何しろ出演者が豪華です。藤原竜也と溝端淳平、吉田鋼太郎と白石加代子が出るから観に行くだけよ〜という人も多いでしょう。(いや、ほとんどか…)

そこでまずは、「宮本武蔵?よく知らな〜い、巌流島の決闘ってどっちが勝ったの?」というあなたのために、知っておくとお芝居が楽しめるポイントをカンタンに。

巌流島にある武蔵と小次郎の像

◎巌流島の決闘って何だっけ?

江戸時代の初期、1612年(慶長17年:その2年前という説もあり)に関門海峡に今もある小島「舟島(ふなしま:通称 巌流島)」であった、宮本武蔵と佐々木小次郎の真剣勝負の決闘です。

◎巌流島の決闘、どっちが勝ったの?

結論からいうと武蔵が勝ちました。
史料の記録としては、宮本武蔵が木剣で電光石火の速さで小次郎を打ち負かしたとなっています。
一方、有名な吉川英治の小説では、武蔵は約束の時間を過ぎても慌てず絵を描いたりお世話になった人に挨拶したりして、一方の小次郎は時間通り島についてイライラしていて、しかも武蔵が到着するなり『小次郎敗れたり〜』と言われさらにカッカしていたら舟の櫂(かい)を削った長い木刀で打たれて敗けた…ということになっていて、今回の舞台「ムサシ」は、この小説の設定を引き継いでいます。

◎何のために二人は戦ったの?

これも実はよく分かっていませんが、小倉藩の剣術指南役をめぐる争いというのが小説での設定です。舞台「ムサシ」でも、そういう話になっています。北九州の皆さん、この話はまさにジモトの話なんですよ!

◎吉川英治の小説「宮本武蔵」有名シーンと、井上ひさし着想ポイント

吉川英治作品を元にした映画やドラマでは、巌流島の決闘はクライマックスのラストシーン。しかし、井上ひさし作の舞台「ムサシ」ではその場面がファーストシーンです。

原作である吉川英治の小説では、小次郎を破った直後の武蔵をこう描いています。

 もくねんと、武蔵は、十歩ほどあるいた。小次郎の体のそばに膝を折った。
 左の手で小次郎の鼻息をそっと触れてみた。微かな呼吸がまだあった。武蔵はふと眉を開いた。
「手当に依っては」
 と、彼の生命に、一縷の光を認めたからである。と同時に、かりそめの試合が、この惜しむべき敵を、この世から消し去らずに済んだかと、心もかろく覚えたからであった。
「……おさらば」
 小次郎へも。
 彼方の床几場の方へも。
 そこから手をついて、一礼すると武蔵の姿は、一滴の血もついていない櫂の木太刀を提げたまま、さっと北磯のほうへ走り、そこに待っていた小舟の中へ跳びのってしまった。
(出典:青空文庫 吉川英治作「宮本武蔵」 円明の巻 九より)

つまり、この時点では小次郎はまだ息をしていて、良い手当をすれば一命を取り留めるであろうと武蔵は考えているんです。

ここから、井上ひさしは着想を得て、もし小次郎が本当に息を吹き返し、必死でリハビリし、その間も宮本武蔵を倒すことに執念を燃やしていたらどうなるか・・・・ということで、この戯曲ができていくわけです。

宮本武蔵ってどんな人だったの?

巌流島の決闘シーンで、舞台では宮本武蔵の後ろに夕日のような赤い大きな太陽がありますが、あれ本当はお昼前くらいのギラギラした昼間の太陽です。

宮本武蔵は「五輪書」に、様々な勝利の戦術を書いていますが、それは剣の使い方に留まりません。
・相手に油断させることが肝心
・戦う前に、相手の心を動揺させること
・戦うときは、できるだけお日様を背中にして戦う
・相手が戦う体制に入る前に機先を制する
などといった、勝つために取るべきAtoZがすべて書かれています。

先に書いたように、武蔵がわざと遅れたとか、いきなり相手に「お前の敗けだ」といったというのは小説で描かれるフィクションですが、武蔵ならきっとそんな風に戦うかも…と思える考え方は、彼の武芸マニュアル「五輪書」に書いてあるわけです。

それを、小次郎が「武蔵は卑怯だ!」と悔しがり「もう一度勝負しろ」と恨み続けているというのがドラマの設定なんですね。

武蔵の考え方は、真剣勝負の実戦では相手に勝つことが唯一のルールで、そのために自分ができることをすべてするというものです。一方、物語で描かれる小次郎は、剣の技によって戦うという、スポーツの試合的な考え方。
この両者の違いをどう考えるかが、宮本武蔵の評価を分ける大きなポイントなんですが、ここでは一旦このあたりでやめときましょう。

超一流の文化人としての宮本武蔵

宮本武蔵筆 枯木鳴鵙図 和泉市久保惣記念美術館蔵

重要文化財 宮本武蔵筆 枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず) 和泉市久保惣記念美術館蔵

さて、もう一つ抑えたいのは、宮本武蔵という人は巌流島の決闘の後、「文化人」として名を馳せたという事実。
武蔵は剣が強いだけでなく、水墨画や書、刀の鍔などの工芸品でも才能を開花させていて、重要文化財4点を含むたくさんの作品を残しています。

また、後に代々「宮本家」の主君となる小笠原忠真(ただざね)のもとで、明石城下の町割り(都市計画)に参加したり、いくつかのお寺や城内の庭まで作っています。お寺や城の「作庭」は究極の美意識と世界観(思想観)を形にすることであって、宮本武蔵は大名や武芸者はもちろん、当時最高の知性である僧侶や文化人とも交流していたわけです。

だから、巌流島の6年後、武蔵が鎌倉の禅寺の作事(つまり設計・建築)を務め、偉い禅僧や武芸者とともに寺開きに参加しているという、今回の舞台の設定になってくるんですね。

「ムサシ」の文字を書いた天才アーティスト、黒田征太郎さんがいま巌流島を臨む門司港にいる事実

そして最後にもう一つ、現在門司港在住の世界的イラストレーター/画家の黒田征太郎さんの話もぜひ知っていただきたい。舞台ムサシのあの印象的なタイトル文字『ムサシ -MUSASHI-』は、何を隠そう黒田征太郎さんの文字なんです。

ムサシ 黒田征太郎日本のイラストレーターの草分けとして70年代から活躍を続ける黒田征太郎さんは、NYを拠点にアーティスト活動を広げた後に、ちょうどこの舞台の初演の頃2009年に門司港にやってきました。
門司港を知らない人のために説明すると、門司港は関門海峡に面する北九州市の港町で、対岸の下関市の唐戸港とともに、巌流島への舟も出ている所です。まるで、全国での武者修行の果てに小倉にたどり着いた宮本武蔵のようですよね〜。

征太郎さんにすればたくさんの仕事の中でのひとつでしょうが、黒田征太郎ならではの印象的な文字が、その後ずっとこの舞台のロゴマークとしてイメージ作りに貢献してきたのは事実です。面白いですよね〜。

ちなみに、昨年門司港のアトリエにあった膨大な作品群を整理したときに、このムサシの文字の原画(たくさん書いたので最終的に使われているものかはともかく、この文字ができる軌跡がわかるもの)もみつかっています。

 

宮本武蔵研究者も驚く、井上ひさし自筆のムサシ創作年表の凄まじさ

さて、ここからはもう少し武蔵ファンやマニア向けの皆さんに向けて情報を。
今回、観に行かれたらぜひ「プログラム」を入手されることをオススメします。

舞台「ムサシ」の戯曲を書くにあたって、井上ひさしはめちゃくちゃ武蔵のことを調べまくっています。
そのことがよく分かるのが井上ひさし自筆の「ムサシ創作年表」。プログラムの中程に掲載されています。

宮本武蔵年表 井上ひさし

武蔵の生年から没後9年目に小倉に伊織が巨大石碑を建てたあたりまで、実に細かな情報とその年に起きた時代を考えるのに重要なこと、そして井上ひさしの思考やアイデアを記したメモが細かな直筆の字で年表になっているんです。

いちいち書いてもほとんどの人は「は?」という単語がたくさん出てます。

たとえば・・・
「兵道鏡を書く」と記して赤で囲んであったり
「貞岳玄信居士」「花月清円信女」が相合い傘でメモしてあったり

とにかく、相当な研究者やマニアでもない限り口にしないような事が、舞台「ムサシ」で描かれる年代だけじゃなく、武蔵の全人生に渡って詳細に調べ上げられているんです。いやぁこれには恐れ入ります。

宮本武蔵という人は、多方面にその才能が秀ですぎていて、現代の専門分化した研究家では全体像が掴みづらい人です。歴史研究家は剣術のことや、真剣での勝負を前提とした哲学のことは分からないし、そんな哲学や真剣勝負を通じて鍛え上げた身体能力こその画や書の価値は一般の画家の尺度では理解しにくいでしょう。

武蔵の境地に少しでも近づくには、専門を超えて横断的な研究をするしかありませんが、それには井上ひさしのように「物語を紡ぐ」「時代の中にまるごと想像旅行して人物全体を感じる」といったアプローチが必要になると私は思います。

そういう意味で、天才井上ひさしが残した思考の軌跡であるこの年表は、非常に貴重な資料です。この年表を、読みやすいようにしたら、宮本武蔵研究家の間でもかなり使えるんじゃないかしらと思ったりしました。

そして、これだけ調べ上げた上で、観客にとって必要ない情報や設定がわかりにくくなることはバッサリ切り捨て、純粋に舞台として面白いものに再構成する井上ひさしという人の創作力はやっぱりスゴイ!と、僕は武蔵マニアとはまた別に、脚本制作者の立場としても非常に面白く、勉強になるなぁ〜と感服したわけです。(どんどん話が濃くなり、普通に観劇する人の参考にならなくなってきた気もするけど)

井上ひさしが伝えたかったことは・・・

さて、暴走ついでに、井上ひさしの年表の最後になんと書いてあるかを見てみましょう。

ムサシ 井上ひさし

「時代」に斬られたのだ。 とあります。

素直に考えれば、宮本武蔵のことでしょう。あるいは、佐々木小次郎のことかもしれません。

いろんな方面で武蔵の生涯を調べた井上ひさしが、最後にメモしたのがこの言葉であったことに、僕はめちゃくちゃ共感します。

武蔵も小次郎も、「時代」に斬られたのです。

舞台「ムサシ」で物語は、最後に意外な展開となって終わります。(どういう展開かは観てのお楽しみ…)
単純にみれば、それは「命の大切さ」を訴えているのだ・・・と取れます。プログラムにも役者陣などが皆そう書いていますし、大震災やコロナ禍を経てより大切なメッセージとして伝わる・・・といったことが並びます。

しかし僕は、それでは少々単純すぎるのでは?と思います。
これだけ調べ尽くした天才・井上ひさしが本人も「遺作のつもり」と自覚して書いた作品ですから、もっと何か喉元に刺さる骨のようなものを残しているのではないか・・・と感じました。

それは、舞台では吉田鋼太郎が演じる柳生宗矩と塚本幸男の沢庵和尚の会話(この具体内容も観てのお楽しみ)。この二人が歴史上どのような役割を果たしたかは、武蔵マニアの皆さんはだいたいご存知と思うので割愛します(気になる方は調べてみてください)が、真剣勝負で人を斬る世の中からもっと複雑な戦いの世へと移っていったことはその時代の重要な変化です。

真剣で人の命を奪い合わないのはもちろん良い変化ではありますが、そこにもっと恐ろしい敵や悪がいないのか?ということは、冷静に考えてみる必要があるのではないか。

好きにせよ嫌いにせよ直接人がコミュニケーションして気持ちを動かしてきた時代から、何か目に見えない別の大きな力によってコミュニケーションがコントロールされ、好き嫌いといった感情まで作られてしまうという現代〜これから先の時代に、ぴったりと合った変化ではないか・・・。

そんな風に僕には感じられました。

武蔵も小次郎も、結局「時代」に斬られた。
この舞台の最後は、ハッピーエンドなのかどうなのか・・・。

といまも考えているわけです。

いやぁ、井上ひさし×蜷川幸雄 恐るべしです。

とは言えもちろん、上記は富田個人の感想ですから、制作者の意図の「正解」ということではありません。ご覧になった方それぞれ違う感想を持ってもらうことこそ、作家も演出家も最上の喜びでしょう。

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さて、最後に宣伝をひとつ。

この舞台「ムサシ」を観る前でも後でも、巌流島を旅するとめちゃくちゃ楽しめます。ただし単に行くだけでは小さな島に「何もなかったね」という感想しか得られません。また遠方の方はおいそれとは行けませんよね。

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