関門時間旅行主宰/トミタプロデュースの富田剛史です。6度目の公演、2026年の「波の下の都」赤間神宮公演を終えてしばらく経ちました。

毎回少しずつ進化する平家物語抄録「波の下の都」。

今日は、その舞台がどうできてきたのか、その制作秘話を少し書き残しておこうと思います。

反響が大きい今回の「波の下の都」

今回の公演は、おそらく過去最高の出来でした。
会場で、オンラインで、観た方から、日々感動のご感想が届きます。。

「こんなに感動するとは思わなかった」
「壇ノ浦の映像が見えた」
「これはもう朗読劇ではない。すごい没入感」

ちゃんと伝わっているのだなと、嬉しく思います。

現在はオンライン視聴を公開中。こちらは5月6日まで視聴できますので、ぜひこの機会にこちらからお申込みください。これを観れば「平家物語」の魅力がきっと伝わります。


「波の下の都」の面白さはLIVEセッション

観ていない方が、「琵琶朗読劇」と聴くと、たぶんこんな舞台を想像すると思います。

朗読があって、
琵琶の演奏があって、
それぞれの良さを順番に味わう。

それは分かりやすく、企画側も内容は演者にゆだねられ、各演者も安心です。

でも、「波の下の都」は、その逆です。

語り部と琵琶奏者——この作品では、この二人は別々には演じません。

一曲が終わるのを待つことはありません。
一つのセリフが終わるのを待つこともありません。

これは朗読会でも琵琶演奏会でもなく、二人の――またはスタッフを含めた全員によって成立する、ひとつのセッション
だからあれほど躍動的だし、感動的なんです。


「波の下の都」は、最初どうやってできたか

平家物語抄録「波の下の都」を門司港・三宜楼の百畳間にて初演したのは2018年の10月22日。

初演は一般のお客様向けではなく、赤間神宮や甲宗八幡神社の宮司や関係者、平家物語を演劇化した劇団の脚本・演出家、宮本武蔵伝来の兵法二天一流剣術の宗家など、まさにそうそうたる面々をお招きしての公演。

とりわけ、能楽の名門 宝生流の第二十代宗家・宝生和英さんをお招きし、「平家物語をめぐる旅」のプロトタイプをYouTube番組化した際のクライマックスとして、映像を残すことが主眼でした。

2018年 門司港・三宜楼での「波の下の都」初演の様子

そのために良い琵琶演奏家を探していた僕が、関門時間旅行メンバーの紹介で高木青鳳さんの琵琶を初めて聴いたのが7月半ば。赤間神宮での「芳一まつり」。

「いや、これは素晴らしい!」

ただそのままだと内容が分かりません。実際、お客さんもごく少数…。

そこで、琵琶とともに語る現代語の平家物語朗読劇を作ろうと、ざっと物語のプロットを書いたのが8月半ばです。
その時点で宝生宗家をお迎えして平家物語を上演する日程だけは決まっていました。そう、10月22日です。

語り部役を探していたとき、やはりメンバーの紹介で江原千花さんに初めて会ったのが8月28日。

仲間からはイメージが違うのでは…との意見もありましたが、僕は新しい平家物語が作れるかもしれないと即オファー。やりましょうと決まったのは9月に入ってからだったと思います。

本番までひと月半なのに、演者は初対面
性格も表現方法も、住んでいる場所も違う

江原千花さんと、髙木青鳳さん。

二人は、この作品を作り始める時点で、ほとんど何も共有していません。

まず、会ったこともない。
活動している世界も違う。
年齢も、性質も、表現も、まったく違う。

千花さんは、リーディング劇やダンスをベースにした身体表現の人。
青鳳さんは、筑前琵琶という伝統芸能の中で研ぎ澄まされた音の人。

そして物理的にも離れています。
福岡と下関。そして僕はほぼ東京。

三人が顔を合わせられるのは、本番直前の数日だけ。

普通なら、この条件で異分野のコラボなど成立しません。

何度も会って、互いを知り、少しずつ呼吸を合わせていく。
それが本来のやり方だと僕も思います。

でも今回は、そんな時間はない。

ではどうしたか?

最初に音だけで作品全体を作ったのです。

先に全体を“音”で完成させ、イメージを共有した

まず、青鳳さんに本作に関連する琵琶と謡いを録音してもらいました。
次に、僕が作った台本をもとに、千花さんとオンラインで稽古をして、その音声を録りました。もちろん、まだまだ荒削りです。

そしてその二つの音を僕が音源編集して、ひとつの粗く完成したラジオドラマのようにしたのです。

琵琶の音を切り分ける。
語りの音に間を足す、積める。
一度バラバラにして組み替え直す。
琵琶の音を伸ばす。
重ねる。
琵琶をバサッと止める。
ひと言セリフを挿入する

そうやって、

バラバラの素材を、一度“ひとつの音の作品”に組み上げたのです。

もちろん、それは完成形ではありません。
かなり乱暴なプロトタイプです。

でも、その音を聴けば、

「この作品で何をやろうとしているのか」

は一発で分かる。

その音データを二人に送りました。

2019年公演のときの高木青鳳さん、江原千花さん

あとはセッションに賭ける
セッションだから、初対面でも成立する

そして実際に三人が顔を合わせたとき、すでに全体の流れは共有されています。あとは、それを身体でやるだけです。

互いの呼吸を見ながら、
相手の隙に入り込み、
そこに自分の見せ場を差し込む。

本来なら長い時間をかけて作ることが多い演劇作品が、まるで音楽家の“セッション”のように一気に立ち上がる。

気がつくと、語りと琵琶が互いに引き合い、押し合いながら、ひとつの流れを作っています。

あの瞬間は、いま思い出しても不思議な面白さがありました。

三宜楼・百畳間での稽古風景

そして、この作品にはもう一つ大きな要素があります。

三人目の演者は「波の音」

それは「波の音」です。

舞台のあいだ、ずっと流れ続ける音。
壇ノ浦の海の音。

語りと琵琶がせめぎ合う中で、

波が押し寄せ、引き、
すべてを包み込み、
ときに飲み込む。

そこに動きを付けることで、

語りが前に出る瞬間、
音が支配する瞬間、
すべてが沈んでいく瞬間が生まれます。

波は単なるBGM的効果音ではありません。

都落ち以来、平家は常に波の音とともにあったのではないか・・・。
それが、僕がこの作品で重要視したことのひとつ。

常に変わり続け、しかし永遠に変わらない。

その波、潮、海こそが、
自然と人間の対比こそが、
「平家物語」を他の戦記物と分ける
キーなのであろうと。

だから、波にも存分に語らせることにしました。

「波の下の都」は、三者のセッションなのです。


そして、想像力の銀幕に映像が立ち上がり、見えないものを皆が観る

さらに、そこに照明の効果、
そしてアーカイブの映像では
複数のカメラを操る効果――

スタッフは皆、
前日の部分リハーサルと当日の通し稽古だけで本番に臨みます。

何を意味するか、どんな場面か、最低限の考え方だけ僕が伝えます。
あとは、各自の技を本番の瞬間に結集する。

これらが絡み合うことで起きることはひとつです。

観客の頭の中に、映像が立ち上がる。

船が動く。潮が変わる。
戦が始まる。波の下に旅立つ。

舞台上には何もないのに、すべてが見える。

豪華セットや衣裳・小道具、
映像効果などで再現するのではなく、
観る人の想像力で壇ノ浦を出現させるのです。

それこそが、お客様も含めたLIVEセッションでしか成し得ない、至極のエンターテインメントです。

ひと月半で生んだ作品を、8年かけて育てた今――

しかし、言うのは簡単ですが、
実際にそうできるかはまったく別の話。

あっという間に形にした舞台は、
その時点では当然未完成です。

もちろん、その時なりのベストを尽くし
演者もスタッフもその歳だからこそ
出せる面白さも確かにある。

しかしこの作品は、時が育てるのだと
初めから思っておりました。

2018年、門司港の三宜楼で初めて上演してから、
この作品は少しずつ形を変えてきました。

台本は少しずつ手を入れ、今回第9稿。
演出も毎回変えています。

そして何より、「時間」の力。

数年おきの上演、この間コロナ禍もありました。
その間、皆で集まって稽古をすることもないのですが、しかし時間の蓄積と各人の人間的成長によって、やる度に確実に面白くなっているのがこの、「波の下の都」です。

ですから、
最高傑作は常に「次回」ですが、
今回のアーカイブ映像は、
その積み重ねの中で到達した、今の我々の精一杯のセッションです。


オンライン視聴、まだ間に合います

――と、いろいろと書きましたが、
やはり作品は、説明では伝わりません。

ご興味を持ったあなたに、
ぜひご覧頂ければ幸いです。

オンライン視聴は、5月6日までです。

もし少しでも気になっているなら、
この機会にぜひご覧いただけたら幸いです。


▼「波の下の都」オンライン視聴はこちら

「波の下の都」2026アーカイブ【オンライン視聴】

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富田剛史―とみたつよし
平家物語抄録「波の下の都」
作・演出・プロデュース

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